昭和南海地震80年
繰り返す南海地震からの教訓
自然災害伝承碑に刻まれた先人のメッセージを地理院地図で見る
1946年(昭和21年)12月21日に発生した南海地震から80年を迎えます。
四国各地の自然災害伝承碑には、これらの地震や津波による被害の記録や、後世へ伝えたい教訓が刻まれています。
これらの自然災害伝承碑を地理院地図で見ながら、先人たちが残した災害の教訓を学び、将来の災害への備えについて考えてみましょう。

昭和南海地震80年チラシ [PDF形式:1MB]
南海地震は繰り返し発生している
南海トラフ沿いでは、おおむね100年から150年程度の間隔で大きな地震が繰り返し発生しています。

■ 5つの教訓
先人たちが伝える教訓
地震の揺れを感じたら、海辺にとどまらず、山や高台など安全な場所へ避難することが重要です。
伝承碑には、
「伝承を信じてすぐに山手へ逃げた者は助かった」
「この山に逃げた数百人は助かった」
などの記録が残されています。
地震の揺れを感じたら、海辺にとどまらず、山や高台など安全な場所へ避難することが重要です。
伝承碑には、
「伝承を信じてすぐに山手へ逃げた者は助かった」
「この山に逃げた数百人は助かった」
などの記録が残されています。
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先人たちが伝える教訓
津波発生時に海辺へ向かうことは大変危険です。
伝承碑には、
「船で避難してはいけない」
「誤った言い伝えを信じて船で沖に出た者は命を落とした」
という記録が残されています。
※現在の船舶の津波避難については、船種や港湾条件、津波到達までの時間などに応じて対応が異なります。
津波発生時に海辺へ向かうことは大変危険です。
伝承碑には、
「船で避難してはいけない」
「誤った言い伝えを信じて船で沖に出た者は命を落とした」
という記録が残されています。
※現在の船舶の津波避難については、船種や港湾条件、津波到達までの時間などに応じて対応が異なります。
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先人たちが伝える教訓
津波は一度で終わりません。
伝承碑には、
「津波は夜半まで4~5回あり」
「7回襲った津波のうち第4波が最大」
などの記録が残されています。
避難した後も、避難情報等を確認しながら安全な場所に留まることが重要です。
津波は一度で終わりません。
伝承碑には、
「津波は夜半まで4~5回あり」
「7回襲った津波のうち第4波が最大」
などの記録が残されています。
避難した後も、避難情報等を確認しながら安全な場所に留まることが重要です。
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先人たちが伝える教訓
南海地震では津波だけでなく、地盤沈下による長期的な影響も発生しました。
伝承碑には、
「地盤沈下が一段と強まり湛水が常となった」
「水田が不毛の地となった」
などの記録が残されています。
地震による地面の変化は、その後の生活や産業にも大きな影響を与えます。
南海地震では津波だけでなく、地盤沈下による長期的な影響も発生しました。
伝承碑には、
「地盤沈下が一段と強まり湛水が常となった」
「水田が不毛の地となった」
などの記録が残されています。
地震による地面の変化は、その後の生活や産業にも大きな影響を与えます。
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先人たちが伝える教訓
自然災害伝承碑には、
「148年前の宝永地震を昔話と思って油断していた」
「後世の人は油断せず用心すべし」
と刻まれています。
伝承碑は過去の記録ではなく、未来への警告でもあります。
自然災害伝承碑には、
「148年前の宝永地震を昔話と思って油断していた」
「後世の人は油断せず用心すべし」
と刻まれています。
伝承碑は過去の記録ではなく、未来への警告でもあります。
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国土地理院の測量が明らかにした地面の変化
自然災害伝承碑が伝える地盤沈下などの教訓は、昭和南海地震直後に国土地理院が実施した測量でも確認されています。
地震発生後の測量成果は、地面がどのように変化したのかを示す貴重な記録として、80年を経た現在にも残されています。
以下の図は、1946年の南海地震後に実施された復旧測量の成果を基に作成したもので、地震による地盤変動を示しています。
一等三角点は1948年から1950年にかけて、二等・三等三角点は1949年から1952年にかけて再測量が行われました。約4,000点に及ぶ観測・計算を経て、地震発生から約10年後に成果が取りまとめられました。
地震発生後の測量成果は、地面がどのように変化したのかを示す貴重な記録として、80年を経た現在にも残されています。
以下の図は、1946年の南海地震後に実施された復旧測量の成果を基に作成したもので、地震による地盤変動を示しています。
一等三角点は1948年から1950年にかけて、二等・三等三角点は1949年から1952年にかけて再測量が行われました。約4,000点に及ぶ観測・計算を経て、地震発生から約10年後に成果が取りまとめられました。
南海震災地区高低変動図

南海震災地区水平変動図

一等水準点変動図
地震によって実際にどの程度地面が上下したのかを示したものです。
一等水準点の再測量は、1947年1月から1948年3月にかけて行われました。
図は前回の測量との標高差をグラフで表したものです。
出典:国土地理院技術資料B3-No.1 一等水準点検測成果集録 第1巻
一等水準点の再測量は、1947年1月から1948年3月にかけて行われました。
図は前回の測量との標高差をグラフで表したものです。
出典:国土地理院技術資料B3-No.1 一等水準点検測成果集録 第1巻
参考:南海地震(1946年)の概要
1946年(昭和21年)12月21日、紀伊半島南方沖を震源とするマグニチュード8.0の南海地震が発生しました。
この地震では、中部地方から九州地方にかけて被害が発生し、1,330人が亡くなり、家屋が全壊11,591棟、半壊23,487棟、流失1,451棟、焼失2,598棟となりました。さらに、津波が静岡県から九州に至る海岸に来襲し、高知県、三重県及び徳島県の沿岸では4~6メートルに達しました。
※地震被害の数値は『理科年表2026』に基づいています。
この地震では、中部地方から九州地方にかけて被害が発生し、1,330人が亡くなり、家屋が全壊11,591棟、半壊23,487棟、流失1,451棟、焼失2,598棟となりました。さらに、津波が静岡県から九州に至る海岸に来襲し、高知県、三重県及び徳島県の沿岸では4~6メートルに達しました。
※地震被害の数値は『理科年表2026』に基づいています。
地理院地図で地域の災害リスクを調べてみよう
地理院地図では、自然災害伝承碑、色別標高図、空中写真などを確認できます。身近な地域の災害リスクや避難場所について調べてみましょう。
- 自宅周辺の標高を確認する
- 避難場所を確認する
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